東京地方裁判所 平成3年(ケ)1757号 決定 1991年11月18日
当事者 別紙一当事者目録記載のとおり
主文
一 債権者の申立てにより、別紙三の担保権・被担保債権・請求債権目録二の(1)記載の元本債権金三一〇〇万円、(2)記載の利息債権金一六一万二〇〇〇円及び(3)記載の損害金債権の弁済に充てるため、同目録一記載の抵当権に基づき、別紙四の物件目録記載の不動産について、担保権の実行としての競売手続を開始し、債権者のためにこれを差し押さえる。
二 債権者のそのほかの申立てを却下する。
理由
一債権者の申立て
本件は、抵当証券に表示された抵当権に基づいて、抵当証券に表示された被担保債権の弁済を受けるため、競売の申立てがなされた事件である。
債権者が提出した抵当証券には、元本の弁済期として、平成三年九月八日と記載されているが、期限の利益喪失特約の記載はない。債権者は、抵当証券外の契約書に、債務者が債務の一部でも履行を遅滞したときは、債権者の請求によって期限の利益を失う旨の記載があると主張している。
債権者は、上記抵当証券外の契約書の特約を根拠に、平成三年三月八日に支払うべき利息の支払を怠った債務者は、債権者から平成三年八月一六日到達した書面による請求を受けたことにより、同日別紙二の担保権・被担保債権・請求債権目録二の(1)記載の元本債権について期限の利益を失ったとして、同目録二記載の元本債権、利息債権及び損害金債権のすべてについて、競売の申立てをしている。
二当裁判所の判断
(1) 抵当証券の設権証券性
抵当証券法二六条は、債務者が利息の支払いを怠った場合その延滞が二年に達したときは、債権元本の弁済期が到来したものとみなすと規定し、ただし書として、抵当証券に特約の記載があるときは、その定めに従うべきものとしている。
このように、抵当証券法二六条が抵当証券に特約の記載を求め、記載のない特約の効力を否定するのは、抵当証券を手形のような設権証券とし、その権利義務の範囲は、証書によって確定するものとした立法者意思(第五九回帝国議会衆議院委員会議録第五類第一二号第四回四頁の政府委員答弁。野本・後藤・抵当証券法註解一〇九頁に引用あり。)の表れである。
法律は、抵当証券に流通性を与えるため、抵当証券が発行されたときは、抵当権及び債権の処分は、抵当証券をもってするのでなければこれをすることができないと規定した(抵当証券法一四条)。これは、抵当証券のみをもって抵当権及び債権の処分を行なうことを可能とし、かつ、そのことを法律上強制したものである。しかし、そのような法律制度を実現するには、抵当証券上の権利が証券外の契約関係に影響されるのを規制しなければならない。
もし、抵当証券上の権利が、証券外の契約関係の内容により定まり、たとえば証券に記載がなくても、契約さえあれば、証券の記載を超える権利の主張が可能となる(たとえば、債権の金額が一〇〇万円と記載された抵当証券も、証券外の契約で二〇〇万円の合意があれば、二〇〇万円の証券となる。)とすると、次のような事態が起こる。
証券の経済的な価値は、権利の内容によって左右される。その権利の内容が証券外の契約関係によって定まるのであるから、証券外の契約関係を立証して始めて実現する権利の内容(上記の例では二〇〇万円の債権額)を基準として、証券の経済的な価値を判断すべきこととなる。しかし、それでは、証券の経済的な価値の評価を、簡易迅速かつ的確に行うことはできない(証券外の契約関係の調査は、時間を要し、かつ、確実性も低下する。)。また、証券外の契約に関する資料を有しているか否かにより、人毎に証券に対する評価が異なることとなり、証券の流通に混乱を招く。すなわち、簡易迅速に抵当権付き債権を流通させようとした抵当証券法の立法目的は達成されず、かえって、抵当証券制度の存在自体が、取引の混乱などの弊害をもたらすこととなる。
また、抵当証券法は、証券の記載内容に従って、裏書人の償還義務を発生させたり、証券の記載内容によって弁済期の到来を判断し、償還請求権保存の行為をすることを予定するなど、証券の記載を基準として権利関係を規律している。これは、抵当証券が流通することに伴い発生する多数の利害関係人間の法律関係を、証券外の合意を基準として規律する場合に生じる個別相対的な解決を避け、すべての利害関係人にとって共通の行動の基準となる証券の記載を、法律関係の決定基準としたもので、証券の流通性を確保する基盤となる制度である。しかし、このような重要な法律制度も、証券上の権利として、その記載を超える権利主張が可能であるというのであるから、その存立の根底から覆されることとなる。
有価証券におけるいわゆる文言証券性は、証券所持人の保護のみを目的とする場合もあり(裏書人の償還義務の制度のない貨物引換証、船荷証券、倉庫証券の場合はそうである。)、その場合には、たとえば品違いの場合のように、例外的に証券の記載を超える権利主張が許容されることもある。しかし、抵当証券の場合の文言証券性は、単に証券所持人の保護のみでなく、上記のように、複数の利害関係人の間に共通の権利関係を設定することにより、それらの関係人を保護し、法律関係を安定させて証券の流通の維持を図るという特別の目的をもっているのである。
このように、抵当証券においては、証券外の契約関係(原因関係)が証券上の権利に影響する程度(これが抵当証券の有因証券性である。)を無制限なものとすることはできない。そこで、抵当証券法は、抵当証券を設権証券とし、抵当証券上の権利は、証券外の契約関係ではなく証券の文言により発生する(したがって、権利関係は証券の文言により確定される。すなわち文言証券性を有する。)こととしたのである。このように証券外の契約関係が証券上の権利に影響するのを制限したうえで、さらに、法律は、証券外の契約関係が証券上の権利に影響する場合を、債務者(所有者)の側からする権利の消滅、減殺の主張(いわゆる人的抗弁)で、証券発行に対する異議の手続を経たものがあった場合に限ることとして、厳格に制限したのである(抵当証券法一〇条)。
このように抵当証券の有因証券性は、債務者(所有者)の側からする人的抗弁の限度において認められる。しかし、このような人的抗弁の制度により、証券外の権利関係が証券上の権利に影響し、権利が消滅し、あるいは減殺されることがあるからといって、証券の記載を超える権利主張が可能となるものではない。
そしてまた、証券の記載を超える権利主張が認められないのは、証券上の権利は証券の記載により生じるとする抵当証券の設権証券性による。そして、このような設権証券性は、所持人が誰であるかによって変わりがあるものではない。したがって、所持人が抵当証券設定契約の原始当事者である債権者の場合であっても、例外として証券の記載を超える権利主張が可能となることはない。
(2) 抵当証券に記載のない期限の利益喪失特約の効力
以上のとおり、抵当証券法二六条ただし書の特約とは、抵当証券に記載のある特約に限られるのであって、たとえ抵当証券外の文書に期限の利益喪失の記載があったとしても、抵当証券上の権利はなんらの影響も受けることはないものである。
(3) 結論
そうすると、本件抵当証券には、抵当証券法二六条の特約の記載はないから、別紙二の担保権・被担保債権・請求債権目録二の(1)記載の元本債権の弁済期は、証券に記載された弁済期である平成三年九月八日に到来する。
したがって、本件申立ては、すでに発生し、弁済期の到来している別紙三の担保権・被担保債権・請求債権目録二の(1)記載の元本債権金三一〇〇万円、(2)記載の利息債権金一六一万二〇〇〇円及び(3)記載の損害金債権の範囲で認容すべきであるが(平成三年八月一七日以降平成三年九月八日までの利息債権についても予備的な申立てがあるものと認める。)、元本債権の弁済期が到来せずそのため発生しているとはいえない、別紙二の担保権・被担保債権・請求債権目録二の(3)記載の損害金債権のうち元本三一〇〇万円に対する平成三年八月一七日から平成三年九月八日まで年一八パーセントの割合による損害金債権については、却下を免れない。
(裁判官矢尾和子)
別紙一当事者目録
債権者 たくぎん抵当証券株式会社
代表者代表取締役 竹内一雄
上記代理人弁護士 片岡義広
同 小林明彦
同 小宮山澄枝
同 櫻井英喜
債務者兼所有者 破産者 アーバネット株式会社
破産管財人 渡邊顯
別紙二担保権・被担保債権・請求債権目録
一 担保権
東京法務局大森出張所昭和六三年八月二五日作成、証券番号第八七二号抵当証券表示の抵当権
二 被担保債権及び請求債権
(1) 元本 金三一、〇〇〇、〇〇〇円
上記一の抵当証券表示の債権
(2) 利息 金一、五一〇、四二一円
上記(1)の元本三一、〇〇〇、〇〇〇円に対する平成二年九月九日から平成三年八月一六日まで年5.2%の割合による利息金
(3) 損害金 上記(1)の元本三一、〇〇〇、〇〇〇円に対する平成三年八月一七日から完済まで年一八%の割合(年三六五日の日割計算)による遅延損害金
なお、債務者は、平成三年三月八日に支払うべき利息の支払いを怠り、且つ、債権者から平成三年八月一六日到達の書面による請求を受け、もって、金銭消費貸借抵当権設定契約書第一八条記載の特約に基づき、同日上記(1)の抵当証券債権元本について弁済期が到来した。
別紙三担保権・被担保債権・請求債権目録
一 担保権
東京法務局大森出張所昭和六三年八月二五日作成
証券番号第八七二号抵当証券表示の抵当権
二 被担保債権及び請求債権
(1) 元本 金三一〇〇万円
上記一の抵当証券表示の債権
(2) 利息 一六一万二〇〇〇円
上記(1)の元本三一〇〇万円に対する平成二年九月九日から平成三年九月八日まで年5.2パーセントの割合による利息金
(3) 損害金 上記(1)の元本三一〇〇万円に対する平成三年九月九日から完済まで年一八パーセントの割合(年三六五日の日割計算)による損害金債権
別紙四物件目録
一 所在 東京都大田区田園調布四丁目
地番 一三番八
地目 宅地
地積 424.52平方メートル
二 所在 大田区田園調布四丁目一三番地八
家屋番号 一三番八の二
種類 居宅
構造 鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付二階建
床面積 一階125.31平方メートル
二階86.06平方メートル
地下一階59.40平方メートル